12月10日分 復習と練習問題

1. クロマトグラフィーは [ 移動相 ] と [ 固定相 ] の間での分子の親和性の違いによって,混合物中の分子を分けることができる.

分配の例で言えば,油相によく分配され,水相にはあまり分配されないなら,その物質は油に対して親和性が高いと言える.分配平衡定数の違いは,ある相に対する親和性の違いを意味している.


2. 液体クロマトグラフィーは分析目的だけでなく[ 物質の精製 ] のためにも多用される.

講義中に HPLC 用のフラクションコレクタを紹介したが,薄層クロマトグラフィー (TLC) でも展開後に目的の試料のスポットを掻き落として,適当な溶媒で洗い出すなどの操作で,分離精製に利用できる.


3. 講義中に示した向流分配の例で,上層と下層をずらす操作を10 回まで行ったときの各部分の濃度がどのように変化するかを計算してみよ.Excel などをうまく使うとよい.


クロマトグラフィーとの対応で言えば,Uの列は移動相であり,Lの列が固定相である.
U列,L列ともに各ボックスの体積は1とし,U列内,L列内それぞれでの物質の移動はないとする. 初期条件(図の一番上,U列とL列が接触していない場合)では U1 にのみ物質量 1 (体積 1 なので,濃度 1 でも同じこと) だけある溶質が溶けている.分配平衡定数 K は

K = (U相中の濃度)/(L相中の濃度)

で定義することにする.

以下,進行段階を自然数 n で追うことにする.
n=1,つまり最初の接触では,U1 と L1 が接触し,ここで分配平衡が成立する.平衡後の U1,L1 の中の濃度を C(U1,1),C(L1,1) とすれば,

K = C(U1,1)/C(L1,1)

が成立する.また,溶質の総量を考えれば,

C(U1,1) + C(L1,1) = 1

であるから,これらの関係からC(U1,1),C(L1,1) ともに計算可能である.

n=2 では,U1 と L2,U2 と L1 が接触する.接触直後の U1 内の濃度は C(U1,1) であり,L2 内の濃度は 0 である.この二つの間で分配平衡が成立後は,

K = C(U1,2)/C(L2,2)

が成立し,また同様にU1,L2に存在する全溶質量は n=1 において得られた C(U1,1)×1 に等しいので,C(U1,2),C(L2,2) ともに計算可能である.U2 と L1 についても同様に考えれば,C(U2,2),C(L1,2) も計算できる.

一般的に考えて,C(Um,n),C(Lm,n) は,漸化式で簡単に表せるはずである.
Um,Lm の間での分配は,接触直後はそれぞれ C(U(m-1),n-1),C(Lm,n-1) であったところから分配が始まる.つまり,分配前の全溶質量は

C(U(m-1),n-1)×1 + C(Lm,n-1)×1 = C(U(m-1),n-1) + C(Lm,n-1)

(×1は濃度に体積をかけて物質量にしている) であり,これが平衡後の全溶質量

C(Um,n)×1 + C(Lm,n)×1 = C(Um,n) + C(Lm,n)

に等しくなければいけないので,結局,

C(U(m-1),n-1) + C(Lm,n-1) = C(Um,n) + C(Lm,n)

である.また平衡後には

K = C(Um,n)/C(Lm,n)

であるから,これらを組み合わせて解くと

C(Um,n) = [K/(K+1)]×[C(U(m-1),n-1) + C(Lm,n-1)] ... (eq. 1)
C(Lm,n) = [C(U(m-1),n-1) + C(Lm,n-1)]/(K+1) ... (eq. 2)

である.これを通常の数列表現にすることも可能であるが,今はその必要はない.

このような漸化式の様子を知るには,Excel 等を用いて数値計算の結果を見るとわかりやすい.
一般的に言えることだが,数式を単に数式としてだけ見ず,実際の数値を使って計算し,その様子をグラフなどで見ることは,式そのものの根本理解のためにもきわめて有益である.数値計算は Excel などを使うことで,きわめて簡単に行うことができ,しかもパラメータを変えたときにどうなるかというような一種のシミュレーションもすぐに実行できるため,実験のデータ整理や家計簿つけなど以外にも,役立てるべきである (そもそも,この類いのソフトは本来こういう計算を行うために作られたものである).

計算の例としてExcel のワークシートの例を示す.Excel を持っていないものは,OpenOffice (フリーソフト) でも同様のことはできる (どちらを使ってもこのくらいのワークシートならそのまま読み込めるはず) ので,手に入れておくといろいろと役に立つ.



ここで,セルB1 には分配平衡定数 K の値を入れる.A列の数値は進行程度を示す n の値である.
横の一行は U または L の一列に対応する.たとえば 5 行は n=1 の U列,6 行は同じく L列である.以下,2行分を単位にして,n が増えていく.
たとえば n=3 における U1 はセル E9 である.この部分の値の計算には,n=2 における U1 (セルD7) と L3 (セルE8) の値が必要で,上の eq. 1 を適用すればよい.
セル内に書き込む式は,ここではたとえば =$B$1*(D7+E8)/($B$1+1) となる.K の値を記述したセル B1 を固定的に参照するために,絶対指定を使っていることに注意.このような式をどこか一箇所に記述し,それを縦横にコピーしていくことで,他のセルは簡単に埋められる.このようなスプレッドシートを使ったシミュレーションでは,絶対指定と通常の参照指定をうまく使えると非常に幅広く利用できる.ぜひ理解しておきたい概念である.あとで K の値を変えたときの様子を見るときは,B1 の値を書き換えるだけですぐさま再計算されるので,式の中に K の値を書き込むより合理的である.
サンプルのワークシートは n=20 まで計算するようになっている.この計算結果を使って n=1, 2, 3, 5, 8, 10, 15, 20 について,濃度分布がどうなるかをグラフ化したものを以下に示す.K=1 とした.

横軸は L列のボックス番号で,その上に乗っているボックス U の平衡濃度がプロットされている.
n=20 の段階では L20 のところに U1 が来ている筈であるが,実際には L20 の上の U のボックス内には,溶質はほとんど存在しない (濃度は0ではないが,極端に小さい).また,溶質の存在している範囲は徐々に広がっていくが,後ろに残る分も極めて少ないので,実際には少しずつ幅を広げながらも,全体としては溶質は前に進んでいくことがわかるだろう.つまり,移動相 (U列) の移動そのものに比べて,ゆっくりと溶質は移動していくことがわかる.

さらに K の値をいろいろと変えて計算してみると,以下のようになる.


K の値が大きい,つまり移動相側に分配しやすいものはより早く先に進んで行き,K が小さいものは固定相に捉えられる分が増える分だけ先に進むのが遅い.混合物であれば,K が違えば成分ごとに分離されていく様子が伺えるだろう.

次の図は,例題の n=10,そしてさらに回数を進めた n=20 の場合について,カラム内の濃度分布が K でどう変わるかの比較である.K の大きいもの (U 相によく溶けるもの) はどんどん先に進み,逆に K の小さいもの (L 相によく溶けるもの) はなかなか先に進まず,カラムから排出されるタイミングが変わってくることがわかるだろう.

ピークの積分値 (面積) はそこに含まれる物質の総量を示している.最初に導入した総量は同じで計算しているはずなのにピーク面積が K の値によって違うのは,K が小さいものは L 相に捉えられている総量が多く,U 相中の総量が減るからである.ただし,溶出を続ければ結局すべて流れ出しては来る.

なお,実際のクロマトグラフィーでは,U列内での横の物質移動が拡散や乱流によっておこるため,このモデル計算よりはピーク幅は広がってしまう.また移動相が流れていくときに常に分配平衡が成り立つようにするために固定相の粒子間の隙間は小さければ小さいほどよい.そのため,原理的には固定相粒子が小さければ小さいほど高効率な分離ができることになる.流速が速ければ分配平衡の達成前に移動相が先に流されてしまうため,これらのバランスを考えて分離条件を設定することが重要である.