緩衝液(バッファー)の作り方

ここでいう緩衝液は pH 緩衝液である.一般に緩衝液といえば pH 緩衝液だが,世の中には酸化還元緩衝液のようなものもある.特定イオン濃度についての緩衝液というのも考えることができる.原理的はどれも同じように考えればいいのだが,ここでは理論を扱う気はないので,それらについては触れない.

なぜ緩衝液を使うか
そもそも,どういうときに緩衝液なるものが必要になるのか.
  • 反応が pH の影響を受けそうである
  • 反応中の pH 変化は無視できるようにしたい
  • このようなときに緩衝液が必要になる.
    水溶液中の反応ではこういうことが多いだろうが,必ずそうであるとは限らない.
    緩衝液は最初に設定した pH からの変動を非常に小さく抑えることができる.

    緩衝剤には何を使うか
    緩衝液が働く機構は弱酸の解離平衡現象による.平衡が大幅にどちらかに偏っている条件では緩衝剤としては機能しない. おおむね,使用する弱酸の pKa±1 程度の pH で緩衝剤は有効に機能する. したがって,目的 pH から適当な pKa にあたりをつけて弱酸を探せばよい.
    たとえば,pH 7 近辺であればリン酸系緩衝液が多用されるが,これはリン酸の pKa2 がその程度であることによる.
    同様に,pH 5 なら酢酸塩 (pKa = 4.8),pH 10 なら炭酸塩 (pKa2 = 10.3) がよく使われるのも,その pKa から理解できる (下の方の表を参考に).

    具体的な作り方
    大きく分けると二つある.

    (1) 弱酸とその塩(共役塩基)の混合とそのバリエーション
    (2) 弱酸の強塩基による部分中和とそのバリエーション

    例として pH 4.5 の 0.1 mol/L 酢酸緩衝液を作る場合を考える.

    (1)
    弱酸は酢酸であり,その塩としては酢酸ナトリウムなどがある.ナトリウムイオンが問題になる場合には酢酸カリウムでもかまわない.酢酸の塩であれば,原理的には対イオンはどうでもよい.
    調製手順は
    (a) 0.1 mol/L 酢酸水溶液,0.1 mol/L 酢酸ナトリウム水溶液を用意する
    (b) pH メータで pH を測りながら,両者を混合して pH 4.5 に合わせる.
    混合は,どちらにどちらを加えてもよいが,1:1 で混合すると pH が 4.7 付近になるはずなので,それより低い pH のときは酢酸の必要体積の方が大きくなる点に注意しないと,どちらかが足りなくなる可能性がある.酢酸の pKa は 4.76 程度であるから,目安としては 4.76 からのずれをγとすれば,γ=log(酢酸ナトリウム体積/酢酸体積) 程度の混合比になることを知っていると便利である.pH 4.5 なら,γ=-0.26 なので,体積比は 0.54 程度となり,酢酸 1 に対して酢酸ナトリウム 0.54 を混合するのが目安となる.

    (2)
    1 L 作るとしよう.
    (a) 0.1mol 分の酢酸を 1 L のビーカに取る.
    (b) そこに水を 900〜950 mL 程度入れる.
    (c) 濃厚な水酸化ナトリウム水溶液を用意する.
    (d) ビーカの酢酸水溶液の pH を測りながら,濃厚水酸化ナトリウム水溶液を目的の pH になるまで滴下する.
    水酸化ナトリウムは他の強塩基でももちろんかまわない.


    推薦参考書: 「緩衝液の選択と応用」D.D.ペリン,B.デンプシー著,辻 啓一訳,講談社
    とくに理論がしっかりと述べられている点と,さまざまな応用に即して考慮すべき点が整理されている点が勉強になる.


    参考: よく使われる緩衝剤と pKa (25℃)

    グリシン pKa1=2.35
    リン酸 pKa1=2.15
    フタル酸 pKa1=2.95
    クエン酸 pKa1=3.13
    バルビツール酸 pKa1=4.04
    コハク酸 pKa1=4.21
    クエン酸 pKa2=4.76
    酢酸 pKa2=4.76
    フタル酸 pKa2=5.41
    コハク酸 pKa2=5.64
    炭酸 pKa2=6.35
    クエン酸 pKa3=6.40
    リン酸 pKa2=7.20 (文献によってかなり異なる)
    HEPES pKa=7.62 (N-2-hydroxyethylpiperazine-N'-2-ethanesufonic acid)
    トリス (Tris) pKa=8.06 (tris(hydroxymethyl)aminomethane, 共役酸の pKa)
    ホウ酸 pKa=9.23
    グリシン pKa2=9.78
    炭酸 pKa2=10.33
    リン酸 pKa3=12.33