5. 電気化学インピーダンス
ここではネットワークアナライザ機能を使った電気化学インピーダンス測定を扱う.
使用できるポテンショスタットについて
電気化学インピーダンス測定は,近年,広く使われるようになってきたが,対応した測定装置は安価とは言えない.しかし,Analog Discoveryを利用すると,測定が可能になる.ただし,この測定のためにはポテンショスタット側の過渡性能が重要になる.
ポテンショスタットを用いず,汎用LCRメータを用いた測定もかなり行われているが,ポテンショスタットを介することで,測定時の電位を任意に設定でき,電極反応速度論の議論を行うために有用なデータが容易に得られる.
インピーダンス測定は電位を高速に微小変位させ,そのときの電流の変位を解析するので,測定系の応答速度は非常に重要である.アナログポテンショスタットには,通常,計測時のノイズを抑えるために,ノイズフィルタが組み込まれている.このフィルタの時定数が大きいほどノイズ低減効果が大きくなるが,一方で高速な応答には追随できなくなる.そのため,機種によってはノイズフィルタスイッチがあり,これを ON にすることで (応答速度を犠牲にして) ノイズ除去の効果を高め,応答速度が重要になる測定では OFF にして (ノイズの増加を前提として) 測定する.こういったスイッチがなくても,通常,内部回路には一定のフィルタが入っているので,使用するポテンショスタットによっては,この測定に必要な応答速度が得られない場合もある.
実際に使えるかどうかは,検証してみるのが早い.
手許のポテンショスタットが十分な応答速度をもっていない場合は,別項のポテンショスタット拡張基板の自作も検討して欲しい.
ポテンショスタットの検証と接続
まず,ポテンショスタットと Analog Discovery との接続を,Fig. 5.1 (右図) のようにする.
CV や PSCA はこの接続でも 2節 の接続法でも測定自体は行えるが,インピーダンス測定ではこの接続でないと,測定中の様子の観察が面倒になり,またデータの後処理が必要になるため,この接続が基本になる.
なお,CV や PSCA を Fig. 5.1 の接続で行う場合は,測定設定において WaveForms で Ch1 と Ch2 を入れ替える設定が必要になる.
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Fig. 5.1 Analog Discovery とポテンショスタットの接続
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つぎに,ポテンショスタットに 1 kΩ の抵抗を Fig. 5.2 (右図) のように接続する.
抵抗の値は数100 Ω から 10 kΩ 程度であればよい.
ポテンショスタットの電流感度を 1 mA/V にする.
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Fig. 5.2 ポテンショスタットと抵抗の接続
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WaveForms の起動画面から Network を選択する (あるいは Welcome の [+] > Network).
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Fig. 5.3 (右図) を参照.
- Amplitude を 10 mV に設定する.
- Start の周波数を 10 Hz に設定する.
- Stop の周波数を 100 kHz に設定する.
ポテンショスタットを動かし,Single ボタン (赤丸) をクリックする.
スキャンが始まるので,終了するまで待つ.
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Fig. 5.3 ポテンショスタットの性能確認: Network Analyzer の設定
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Fig. 5.4 (右図) は測定結果の一例である.なお,縦軸のスケールは拡大している.
この図は次のように見る.
Gain について:
- Gain は,入力信号 (AWG での変調電位) に対する各 Ch で受けた信号の振幅比 (Ch/AWG) である.ここでの接続 (Fig. 5.1) では,Ch2 が変調電流になるため,Ch2 の数値は,理想抵抗を理想ポテンショスタットで測定した場合は,抵抗値に対応する.
- 電流はポテンショスタットの電流感度設定に応じた電圧変化として Analog Discovery に入力されているため,感度に応じて Gain の値を変換することが必要である.
- 1 kΩ の抵抗を使った場合,1 mA/V で Gain = 1 になり,表示上は 0 dB になる.510 Ωなら Gain = 1/0.51 = 1.96 なので,dB 表示では + 5.8 dB を示すことになる.
- ポテンショスタットの応答が電位変調の速度に対して追随できなくなったり,ノイズフィルタによる影響がある場合,高周波領域での Gain が低周波数領域の値からずれる.
- ずれが生じない (小さい) 周波数までの測定ができる.
Phase について:
- 低周波数側では 0 に近い一定の値を示す.
- 周波数が高くなるとずれてくる.これもポテンショスタットの応答速度とノイズフィルタによる影響である.
- ずれが生じない (小さい) 周波数までの測定ができる.
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Fig. 5.4 ポテンショスタットの性能確認: 測定結果の例
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総合的に見て,このポテンショスタットの場合は 3 kHz 程度 (理想を言えば 1 kHz 程度) までがきちんとした計測のできる範囲である.
実際の多くの電気化学インピーダンス測定には,測定可能域が数 kHz 以上のポテンショスタットが必要である.
なお,別項で紹介する自作ポテンショスタットは 10 kHz 程度までの測定に十分耐えるので,自作することも検討してほしい.
おおむね 100 kHz 以上の領域では,実際の測定セル内の電極配置や配線の引き回し等も測定結果に重大な影響を与えるため,ポテンショスタットの性能によらず,数 10 kHz 程度以下が現実的な測定範囲と考える方がよい.Analog Discovery 自体は MHz オーダまでは測定可能なので,その他の測定環境を含めて高周波数領域に対応できる場合は,もちろん利用可能である.
実際の測定
制御パラメータの設定 (1).Fig. 5.5 (右図) を参照.
- Amplitude 欄.変調電位振幅.通常 10~20 mV 程度に設定する.小さい方がよいが,測定精度との兼ね合いがあるので,この程度がよいだろう.
- Offset 欄.設定電位.必要な電位に設定する.
- 歯車アイコンをクリックし詳細設定ダイアログボックスを開く.
- Settle 欄.測定間の待ち時間.通常 100 ms ~ 1 s 程度.測定に大きな影響を与えることは少ない.
- Min period 欄.何周期分の測定を行うかの設定する.通常 6 以上が必要 (8以上を推奨).多くすれば測定は安定するが,とくに低周波数領域での測定時間の増加は無視できない.たとえば 10 mHz での測定であれば,1周期が 100 s なので,8 周期なら 800 s (+α) で測定できるが,デフォルトの 16 周期では1600 s (+α) が必要となる.インピーダンス測定は多くの周波数でのデータが必要になるため,この領域に数点の測定点があれば,それだけで 1 h 以上の時間が必要になる.
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Fig. 5.5 測定パラメータの設定 (1)
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制御パラメータの設定 (2).Fig. 5.6 (右図) を参照.
- 周波数変化のパターン.Scale 欄を Logarithmic に設定する (対数スケールで等間隔に周波数を変えていく).
- 掃引開始周波数.Start 欄を,事前に調べたポテンショスタットの測定可能上限周波数より少し大きい程度のキリのいい周波数 (10 kHz 等) に設定する.意味のあるデータが得られない周波数についてもデータが出てしまうので,測定後にその領域は捨てる.
- 掃引終了周波数.Stop 欄を,測定したい最低周波数程度のキリのいい周波数 (10 mHz 等) に設定する.途中で計測を中断することもできるので小さい値ならいくらでもよいが,実際の測定時間を考えると,10 mHz あたりが妥当だろう.
- 測定データ数.Samples 欄.周波数範囲の設定とここの数値でプロットの間隔が決まる.Scale を Logarithmic にした場合,周波数を log スケールで等間隔になるよう変化させて計測が行われる.この右の /Decade 欄で,1 decade あたりのデータ数を設定してもよい.たとえば 10 kHzから 10 mHz と設定した場合,全部で 6 decades 分の範囲を測ることになる.1 decade あたり 10 点のデータを取るとすれば,6×10 + 1 = 61 点のデータを取ると,あとのデータ整理上便利なことがあるだろう.
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Fig. 5.6 測定パラメータの設定 (2)
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以下,Fig. 5.7 (右図) を参照.
[View] > [Nyquist] とクリックして,Nyquist プロット (複素インピーダンス) の画面を表示させる.
- ポテンショスタットの感度を適切に設定する.
- ポテンショスタットを測定状態にする.
- Single ボタン をクリックする.
- スキャンが始まるので,終了するまで待つ.
- 周波数が低くなるとデータの取得に長い時間が必要になる.必要な範囲のデータが取れているようなら,Stop ボタン (Singleボタンの隣の Run ボタンが切り替わる.またはタブのボタンでも可) をクリックして測定を終了する.
通常の電気化学系では虚数項 Z" は負の値を示すので,Nyquist 平面では第4象限にデータが出てくる.
この例で第1象限にあるデータは,ポテンショスタットの追随していない高周波数領域のデータであり,物理的な意味はない.
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Fig. 5.7 測定時の様子 (測定停止後).
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測定データの保存
File > Export,現れた画面で,左上 Source から [Nyquist] を選択する.
[Save to Clipbord] ボタンをクリック.
計測データがクリップボードに取り込まれたので,Excel 等を開いて貼り付ける (編集 > 貼り付け や Ctrl+V など).
重要:このとき,ポテンショスタットの電流感度の値を記録に加えること.
ここでの記録は,Ch1 と Ch2 の信号の相対関係 (Ch2/Ch1) から複素演算で計算された値で,無次元量である.インピーダンスは,変調電位/変調電流 の次元を持つので,Ch1 に入力される電流情報を用いた変換が必要になる.具体的には,1 mA/V であれば,インピーダンスの数値 1 が 1 kΩ に対応する.10 mA/V であれば 100 Ω である.
測定例
このようにして得られた測定結果の例を Fig. 5.8 (右図) に示す.
この図はいわゆる Nyquist プロット (Cole-Cole プロット) であるが,電荷移動過程に対応する円弧,拡散に対応する Warburg インピーダンス,残余抵抗 (溶液抵抗+電極抵抗) に対応する Z' 軸切片等を読み出すことができ,さまざまな情報を取り出すことができる.
また,各ポイントは,周波数,実部,虚部の数値データの組になっているので,様々なプロットに作り替えて解析することができる.
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Fig. 5.8 電気化学インピーダンスの測定例
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4. サイクリックボルタンメトリ
目次
6. 微分容量測定