8. ポテンショスタット拡張基板の製作

(2024.12.18) 電流感度を3段階に切り替えるための改造法を追記しました.
(2024.10.22) 自然電位測定用エレクトロメータモード対応のための改造法を追記しました.
(2024.10.22) インピーダンス測定に対応させるための Ch1-Ch2 入れ替えアダプタについて追記しました.
(2021.2.25) 製作部の実体図 Fig. 8.5 および Fig. 8.10 の間違いのご指摘をいただき,図を修正しました.

ここまで,ポテンショスタットの制御および記録を PC 化するために Analog Discovery を利用する方法について,紹介してきた.これは,すでにアナログポテンショスタットを持っていることが前提である.しかし,ポテンショスタットは,計測器としては安価な部類に入るとはいえ,それでも一定の性能を持ったものは10万円を超える価格のものがほとんどであり,制御系や記録系の機器のことも考えると,電気化学計測を試しに始めてみたい,あるいは学生実験や実習等で何台かをまとめて導入・使用したいという場合には,なかなか手を出しにくいのも現実である.

ポテンショスタットの市販品がそれなりの価格になるのは,それに見合うさまざまな回路設計・実装上の最適化,保護回路等の付属回路,較正処理等が加えられているからである.しかし,性能を欲張らなければ,電子回路としての基本部分は比較的簡単な回路で構成できる.

本節では,仕様を限定した上で,基本の電気化学測定を行うためのポテンショスタットの製作例を紹介する.ポテンショスタットはあくまでも電位印加の制御とそのときの電流の計測を行うための装置であり,制御系,記録系が別途必要になる.そこで,ここで紹介するポテンショスタットは,Analog Discovery と組み合わせて使うことを大前提とし,Analog Discovery の拡張基板の形で製作した (Fig. 8.1).ポテンショスタットの自作例は,いくつかの学会誌や web サイトにも見られるし,市販の自作キットもあるが,Analog Discovery と組み合わせた形の製作としたことで,ほぼ完全な計測セットを (比較的安価に) 構成できるところが本項のポイントである.


Fig. 8.1 製作したポテンショスタット拡張基板 (Analog Discovery に装着したところ)

筆者はこれを主に学部学生の実習に使用することを想定して設計した.そのため,1台当たりの製作コストを抑えること (2020年時点の実勢価格で 3,000円程度),何台も製作することを想定した製作作業自体の容易さも重視して,仕様策定と設計を行った.部品点数も可能な限り減らすようにしてあり,電子工作にあまり慣れていなくても,比較的容易に製作できるように配慮したつもりである.部品を用意して,学生実験の一環としてポテンショスタットの製作から始めさせることもできるかもしれない.

現在,筆者の所属する物質科学コース 3年生の学生実験ではこのポテンショスタット (+ Analog Discovery のシステム) を使用しており,基本電気化学計測の体験や,電解重合膜の調製に使用している.

なお,本機は接続端子を Analog Discovery 用にしてある以外は,基本的なアナログポテンショスタットそのものなので,他のファンクションジェネレータや記録系 (ペンレコーダや AD 変換器) に接続することもできる.その方法については別記する

Fig. 8.2 (下図) および Fig. 8.3 (右図) は,本システムを用いた学生実験の様子である.
Fig. 8.2 学生実験での使用例 (1) Fig. 8.3 学生実験での使用例 (2)

本機は学生実験用に設計したものではあるが,実用的にも一定の性能をもっている.また,電気化学インピーダンス測定微分容量測定 にも対応できる基本性能をもっている.インピーダンス系の測定に対応できるポテンショスタットを保有していない場合にも使える場合があるだろう.ただし,この目的のためには,一部,改造の必要な部分がある.この点については 後述 する.

また,小型で電池駆動もできるので,ノート PC と組み合わせて講義室等での演示実験やオンサイト実験にも利用できる.WaveForms の画面をプロジェクタで大きく映しながら,実際に測定を行っている様子を見せることが可能である.ポータブル用の電源については 後述 する.


仕様

このポテンショスタットは製作の容易さとコストダウンを優先して,仕様をかなり制限している.主な仕様を以下にまとめる.とにかく,安価な部品を所定位置にハンダ付けすれば,とりあえず測定に使用できるものが完成するということを重視した (学生実験に使う想定のため,何台も作る必要があるので重要).
コストについては (入手経路にもよるが) Analog Discovery だけで約 3万円 (Analog Discovery 2 ならそれ以上) するため,基板のコストはかなり切り詰めた設計をしている.その結果,(複数台製作することを前提に PCB を作成すれば) 1台あたり 3,000円以下で製作可能となっている.


回路

基本回路は一般的な教科書のものをそのまま使用した.具体的には,A. J. Bard, L. R. Faulkner, "Electrochemical Methods" (Wiley, 1980) に掲載されている回路 (Fig. 13.4.5) から,電位制御入力端子を1回路のみに減らし,ある程度の電流出力を取れる OP アンプを採用することで,電流ブースタも省略した.

試作した回路図を Fig. 8.4 (下図) に示す.

Fig. 8.4 試作全回路図 (クリックで拡大).

使用した部品について


プリント基板と部品の実装

プリント基板 (PCB) はフリーソフトのプリント基板作製用 CAD である KiCad を用いて設計し,基板製造会社にデータを送って製造を依頼した.中国の会社に依頼したところ,10枚で $34 だったが,発注後1週間で届いた (クレジットカード決済).なお,ほとんどの製造会社では最低価格が決まっており,1枚の製造でも値段は変わらないことが多い.

基板製作会社に送るデータセット (ZIPファイル)

Fig. 8.5~8.7 に実装する部品の配置を示す.
製作時にはこの順に部品をはんだ付けしていくとよいだろう.

まず,Fig. 8.5 (右図) のように背の高さの低い部品を取り付ける.ICソケット,抵抗,セラミックコンデンサを取り付ける.
IC ソケットにはいろいろな形のものがあるが,多くのものには一応向きがあるので (Fig. 8.8 も参照),基板のシルク印刷と合わせて取り付ける.ただし,ソケットそのものの向きが逆でも,ICを取り付けるときに向きを正しくできれば,動作上には何の問題もない.
電流感度を決める抵抗は,必要とされる感度に合わせて選択する.Fig. 8.5 は 10 kΩ,1 kΩ の抵抗を用いて 0.1 mA/V と 1 mA/V の切り替えとする場合.
10 kΩ と 15 kΩ の抵抗は,LED の明るさを決める.赤のLEDを使うときは 15 kΩ,緑のときは 10 kΩ を使った.この図の場合,右辺中応付近には緑LED,下辺右付近には赤 LED が取り付けられる想定になっている.ただし,どちらも 10 kΩでも 15 kΩでも実用上は問題ない.下辺右側の LED はなくてもかまわない.

※Fig. 8.5 の抵抗の指示が間違っているとのご指摘をいただき,修正しました.ご指摘に感謝いたします.図の上の方,47 kΩ 2本と,感度設定用の 1 kΩおよび 10 kΩの抵抗の説明の位置が逆になっていました.基板シルクと回路図との対応は間違っておりませんので,シルクと回路図を参照して作成された場合にはよいのですが,図解だけで製作された場合,混乱すると思います.申し訳ありませんでした.(2021.2.25)

Fig. 8.5 部品の取り付け図 (その1).背の低い部品の取り付け.

次に,Fig. 8.6 (右図) のように背の高い部品を取り付ける.トグルスイッチ,DCジャック,電解コンデンサ,三端子レギュレータ (78L12) を取り付ける.
78L12 と電解コンデンサには極性があるので,取り付ける向きに注意する.
Analog Discovery を接続する30-pinコネクタもここで取り付ける.
測定対象に接続するケーブルをソケットで取り付けるときは,ソケットを右上の角に取り付ける.

Fig. 8.6 部品の取り付け図 (その2).背の高い部品の取り付け.

次に,Fig. 8.7 (右図) のように LED を取り付ける.極性に注意.足の長い方が + (アノード,A),短い方が - (カソード,K) につながる.高さはトグルスイッチのレバー下に大体合わせておくとよいだろう.
ソケットを使わない場合は,測定対象に接続するケーブルを基板にはんだ付けする.長さは 1 m 程度を上限に,先端にワニ口クリップをはんだ付けする.色分けは,作用極を黒,参照極を緑,対極 (補助電極) を赤とする (電気化学系で一般的に用いられている色分け).ケーブルから色分けされている方がよいが,せめてワニ口クリップは色分けして,確実に区別が付くように.

Fig. 8.7 部品の取り付け図 (その3).残りの部品の取り付け (ケーブルソケットを使わず,電気化学系への接続ケーブルを基板に直付けする場合).

最後に,IC をソケットに嵌める.向きに注意.OPアンプICの場合,部品名の印刷してある側から見たときに,Fig. 8.8 (右図) のようにピン番号が付いている.
最近のICの多くは Fig. 8.8 下のように1番ピン近くに円形の凹みがあり,そこから (上から見て) 反時計回りに 1→2→ … と番号が付いている.Fig. 8.8 中央のような形のこともあるし,この形に加えて,1番ピン側のマークがあるものもある.
基板面には Fig. 8.8 中央の形が印刷してあるので,向きを合わせて IC を取り付ける (Fig. 8.7).

Fig. 8.8 ICの向き.

Fig. 8.9 (右図) に実装例を示す.上が測定系への接続にソケットを使った場合,下がケーブルを直接はんだ付けした場合の例である.

Fig. 8.9 実装例.


使用法

以下,Fig. 8.10 (右図) を参照.
  • Analog Discovery を接続する.向きは Fig. 8.1 (Analog Discovery 2 の場合は Fig. 0.2) を参照.
  • WE スイッチ (WE Sw),Power スイッチ (Power Sw) を OFF 側に倒す.
  • 感度スイッチは,感度の低くなる方に合わせる.
  • 電源として,15 V (~ 24 V) のACアダプタをつなぐ.アダプタの出力が,センター側がプラスになっているものを用いる.
  • ACアダプタ (100 V コンセント側は接続しておく) を接続すると,LED1 が点灯する.
  • Power Sw を ON 側に倒すと,LED2 が点灯する.この状態で回路全体に通電しており,待機状態になっている.
  • 電気化学系に接続する.
  • WaveForms で測定に必要な設定を行う.
  • 必要に応じて感度スイッチを切り替える.
  • WE Sw を ON 側に倒すと,電位印加が始まる.測定中以外は,このスイッチは OFF にしておくこと.
Fig. 8.10 操作法

重要: WE Sw は測定の直前に ON にし,終了後,まっさきに OFF にすること.

Power Sw は入れっぱなしでよい.

ケースへの組み込み

本ポテンショスタット拡張基板はすべての部品が基板上に実装されているため,このままでも使用できるが,電気化学系は水溶液を扱うことが多いため,電気回路むき出しの基板のまま使うのは好ましくない.
電気的なノイズの点でも本来は金属ケースに納めた方がよいのだが,拡張基板上にすべての部品を実装して配線を短距離にしているため (比較的) ノイズの乗りにくい構造になっており,ノイズのほとんどはむしろ電気化学系自体が拾う状況になる.そのためポテンショスタット基板自体をシールドする効果は高くない.そこで,簡単に加工のできるプラスチック製の容器を100円ショップで入手して組み込んでみた.
ケースには,スイッチレバー用の穴と LED が確認できる穴,および接続ケーブルが通る穴を開ける.基板には4箇所,ネジ止め用の穴が用意してあるので,15 mm 程度の基板用スペーサ (一例) を介してケースに固定する.
なお,スイッチ等をパネルに固定して,基板との間を被覆銅線で接続するような実装にした場合は,金属ケースを用いて全体をシールドする必要がある.ケースは,基板の GND (基板裏側の 2つの100μFの電解コンデンサを直結しているポイントから取るとよい) に接続する.

Fig. 8.11 100円ショップのケースに組み込んだ例.

ノイズ低減のための部品追加

WaveForms は標準でかなり強力なノイズ処理を施した結果を記録する (処理を外した真の生データを記録することもできる).とはいえ,ポテンショスタットからのノイズは少ない方がよい.本拡張基板の回路はノイズフィルタをまったく入れていないが,フィルタを入れたいこともあるだろう.

IV変換回路の電流検出抵抗 (R3,R4) にコンデンサを並列に入れることで,1次のローパスフィルタにできる.感度 1 mA/V の場合,1 kΩの抵抗だが,これに並列に,たとえば 0.047 μF のコンデンサを入れると,カットオフ周波数 fc = 3 kHz になり,高周波領域のノイズは低減できる.感度設定抵抗ごとに適当なコンデンサを取り付けると感度に応じて適当なカットオフ周波数を設定することもできる.一般的には高感度測定になるほどよりノイズを低減する必要があることが多いので,一つのコンデンサを共用するように追加するのもよい.ただしカットオフ周波数を低くすると急激な電流変化を正しく記録できなくなるということは留意する必要がある.

Fig. 8.12 (右図) は,0.047 μFのコンデンサをひとつだけ使い,基板の裏側で OP アンプの6番ピンと7番ピンの間に直接はんだ付けして,1 mA/V レンジでは 3 kHz,より高感度な 0.1 mA/V レンジでは 300 Hz のカットオフ周波数になるような部品の追加例である.

Fig. 8.12 ノイズ低減用コンデンサの追加例.

インピーダンス測定用の改造

この拡張基板の回路は最小限の回路構成になっており,応答速度に大きな影響を与える部分が少ない.結果的に,10 kHz程度までの交流信号にも十分追随できるものになっている.そのため,通常の周波数範囲での電気化学インピーダンス測定にも対応できる基本性能がある.しかし,
電気化学インピーダンス測定の項でも述べたように,WaveForms のネットワークアナライザ機能をそのまま使うには Ch1 に電流,Ch2 に電位信号を入力しなくてはならないため,この拡張基板ではそのまま測定には使えない.
インピーダンス測定用には Ch1 と Ch2 を入れ替えた配線にすればいいだけなので,たとえば Fig. 8.13 のように,(力づくではあるが) つながるピンを交差させて配線するという方法がある.この場合,他の測定については WaveForms で Ch1 と Ch2 の立場を入れ替える設定を行って測定をする必要があり,また微分容量測定には使えなくなる.

スイッチやジャンパピンで切り替えられるようにすることも考えたが,インピーダンス測定の普及程度と本基板の立ち位置を考えると,そのために基板や操作時の設定が複雑になったりしては本末転倒と考え,標準仕様はインピーダンス測定には対応しないこととした.必要であれば2種類の基板を作って差し替えて使ってもよいくらいにコストは抑えたと考えている.

なお,ノイズフィルタを追加した場合はインピーダンス測定には使えなくなるので,インピーダンス専用基板を作るのはその意味でも妥当かもしれない.

また,この改造をしなくても,測定結果をアドミタンスとして記録し,Excel等で複素変換を行うことでインピーダンスを求めることはできる (測定中に Nyquist 図を観察できないという問題はある).

Fig. 8.13 インピーダンス測定用の端子の入れ替え例.
別の方法として Ch1 と Ch2 を入れ替えるアダプタを試作した (Fig. 8.14).

詳しくは こちら


Fig. 8.14 インピーダンス測定用の端子の入れ替えアダプタの製作例.

電源の供給法

本基板は電力消費も少なく,基板上に安定化回路を持っており供給電源の影響を受けにくいため,供給するのは 15 ~ 24 V 程度の直流であれば何でもよく (0.1 A 程度の電流が供給できることは必要),ACアダプタ以外に電池等での駆動が可能である.

一例として,Fig. 8.16 は 9 V の 006P 電池を2個直列にするアダプタの製作例である.

Fig. 8.17 は 5 V → 15 V の DC/DC コンバータ (一例) を USB ケーブルにつないだ例で,これを用いれば PC の USB ポート (Analog Discovery を接続するポートとは別) から電源をとり,ポテンショスタットを動作させることができる.また,スマートホン用などに普及しているモバイルバッテリを電源にすることもできる.
昇圧コンバータを使わなくても,USB Power Delivery (USB-PD) 対応で 15 V または 20 V の出力に対応した充電器やモバイルバッテリから,トリガケーブル等を用いて給電することもできる.

このようにすると可搬性が大きく向上し,講義室/教室での演示や屋外等でのその場測定に応用することもできる.

Fig. 8.16 006P 電池を2個直列にするアダプタの製作例.    Fig. 8.17 5 V → 15 V の DC/DC コンバータユニットを用いる電源アダプタの製作例.

性能向上のためのあれこれ

本機は学生実験のために設計したもので機能および性能的には多くの妥協をしているが,回路はきわめて原理的なもので,その性能はほとんど OP アンプの性能に依存している.試作機では,価格 (ひとつ数十円) と性能のバランスを考えて 4580 を用いたが,OP アンプを目的に合わせて適切に選んで挿し換えれば,少なくともピンポイントの性能に関してはもう少し向上の余地がある.比較的安価で入手性のよいものを使った例をいくつか紹介する.ただし,これらは実際に全てを試したわけではないので,完全な動作を保証できないことはご理解いただきたい (一部は動作確認済み).

6. 微分容量測定    目次